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別府ぅな侍
「九州初の国際民宿」
今日はよろしくお願いします。まずは自己紹介から。
らくだ らくだです。顔がらくだっぽいからそう呼ばれてます。
ちょこママ 私は民宿こかげのちょこママです。
らくださんはこかげ内の路地裏喫茶のマスターですね。
らくだ そうです。Jazzが好きでお酒が好きで別府が好きなマスターです。
出身は?
らくだ 長崎出身で、踏み絵が怖くてね笑。別府に来たのは27・8年前です。
ちょこママ 私は生まれも育ちも別府。一時東京に4年、沖縄に3年住んで別府に戻ってきました。
それでは、「民宿こかげ」についてお伺いしたいのですが。
ちょこママ 九州で最初に認可された、外国人の人が安心して泊まれる宿っていうのが「こかげ」なの。「ようこそジャパン」っていうグループがあって、そのグループがいろんな検査を合格して入れてもらって認可されたのが、九州ではこかげさんが最初で。それから九州あちこちで増えていってね。最初は首都圏で一つと二つとか認可が下りなかったのよ。それで、外国の人が海外旅行で安心して泊まれるフットワークのいいところっちゅうことで、ここがあるの。父がやっていてたころは世界中の人が来てたんやけどね。で、KDDIの国際電話が民宿の中についてたの。まだケータイがないころね。それが新聞に出たりして、杉ノ井に泊まっている人がここに電話を掛けに来るくらい、昔は栄えていたのよ。
こかげさんだけにあったんですね。
ちょこママ それも父が交渉してね。同時テロまではたくさんお客さんがきてたよね。
らくだ あれからぐっとへったね。
ちょこママ 同時テロ、アフガン戦争、イラク戦争でもう、どんどんどんってすくなくなったね。
らくだ 特にアメリカ人なんか少なくなったよね。
ちょこママ 韓国中国の人は多くなってるんだけどね。でも彼らはバックパッカーではこないからね。
いつごろから「こかげ」は営業しているのですか?
ちょこママ 歴史は80年前からよね。国際色が豊かになったのは父の代なの。昭和63年に「ジャパンイングループ」に正式登録して。
らくだ 結構昔は、外国人観光客を泊めるっちゅうことをなかなか拒否するところが多かったんよ。
そうなのですか、それじゃあ「こかげ」は外国人観光客には貴重なものだったのでしょうね。
   
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記者:宮田峻伍
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