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明治12年創業の竹瓦温泉。 現在の建物は昭和13年に建設されたもので その外観は 別府温泉の シンボル的な存在になっている。 |
<別府らしい地域おこし>
その時にやっぱり地域おこしという問題と、地域に何が大切なのかということをみんなで考えだした時期だったのです。それで、ちょうど平成10年9月にヒットパレードクラブで温泉を活性化しようというシンポジウムが開催されました。これは私たちの前からやっている人たちが中心となってやってくれたのですが、筑紫哲也さんをお呼びして別府の方200名ぐらい集めて行ないました。温泉町はどうして行くべきかといういろいろな話をして、それが契機となって、じゃあ市民運動でこの界隈の竹瓦温泉を盛り上げていこう、守っていこう、ということを始めたのです。その時、別府市の方で竹瓦温泉の立て替えという予算がついて、コンクリートで立て替えようという話が上がってきたのです。 それで我々は昭和13年の改築で明治からある歴史的な建造物である竹瓦温泉がコンクリートになったら観光客の方にも喜ばれないですし、我々自身が面白くないなということで、市民運動の竹瓦倶楽部というのを作った訳です。その活動の第1号として「竹瓦版」を始め、第2号としてウォーキングガイドを始めて、別府各地でガイドツアーが始まったのはこの動きが始まりなのです。私を含めて4人のリーダーで始めました。我々がウォーキングツアーを始めたころに、この辺りにお店もできて、そこで地域の方が集まって町おこしのことを話す場所ができました。そして、竹瓦倶楽部を中心としていろんな町おこしのイベントが出来てきたのです。代表的なものが「竹瓦界隈路地裏散歩」。それがツアー化されて、今でも続いています。他にも温泉道が始まって、今はもう1000人以上ですよ、温泉名人が。あとオンパクもその流れの中で出てきたんですよね。その流れの中の一つがアチチ中央銀行です。だから、そういう一つの流れでいろいろな人たちが知恵を出しながら、町おこしのためにどういうものがこの町らしくて、この町を盛り上げるのにいいかって考え出してきたのです。インターネットのメーリングリストを中心とした仲間たちと、しょっちゅう会議を開いてアイデア出し合ってやってきて今日までいろんなことをやってきているのです。 路地裏散歩は観光客の人へ向けてのものなんですか?
最初は地元の人が多かったですね。我々自身の勉強もあったのです。実は別府に住んでいながら、別府のことを知らない人が多いのですよね。それで別府の歴史の成り立ちというのを自分たちの足で、いろんな記念碑的な建物とかいうものを確認しながら歩いてみると、別府というもののよさっていうのがどんどん判っていく。それを地元の人たちとまず共有して、観光で来られた方にも体験していただくという形でやっています。
次に地域通貨のことについて聞かせてください。
今はどこにでもありますね。僕らが始めた時でもすでに相当あちこちでやっていました。大分県では湯布院のYUFU、中津のFUKUなどが当時有名で、私たちが始めた2003年の時には全国的にワッと盛り上がってきた時です。なぜならば、2002年にユーロというお金が出来たでしょ?それでユーロと湯路いう言葉をひっかけてなんかやりたいと思っていた私たちでしたから。2002年の秋に、湯布院で小さな地域通貨の会合がありまして。そこに私が別府から一人でのこのこ出かけていって、ベルナルド・リエターさんとお会いして話が実に面白かったのです。じゃあその方のアイデアとかいろんな人脈で地域通貨をやってみたら面白いだろうというので、翌年の4月1日に地域通貨「湯路」をやるぞという旗揚げをして、エイプリルフールに乗じてやってしまいました(笑)。そしたら、1ヶ月以内に全国の新聞に載ったり、メディアに出て非常に別府宣伝に役に立ちました。あとはシンポジウムとかによく呼ばれるようになり、あちこちの地域通貨団体との交流が始まって、今日まで続いている訳です。
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記者:猪股夏南子 |
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