スタートページに設定   はじめての方へ       BEPPoo!!       携帯サイト   管理人ブログ
別府ぅな侍
優しい口調のなかから
別府への真剣な思いが伝わってきた
 
<東京から別府へ>
なぜ別府に来られたんですか?
兄の手伝いをするということで商社を辞めて、それが平成7年でした。その年は、関西の大地震の年、地下鉄サリン事件の年。それでやはり人生いろいろちょっと考えたので、いろんなことを考えて転職したんです。私もそういう意味で1度きりの人生面白くしたいと、仕事が面白くなくなっていたんでね。こっちへ来て、がんばってみようということになって、来ました。
別府はもともとご存じだったんですか?
何回か来るようになって好きになりましたね。工場がなくて、とても空気がきれいですし、幅が12㎞で海岸線から山の上までは7㎞しかない。このエリアでこれだけまとまって、きっちりしていて温泉がこれだけ出ていてすごく良いと思っていますね。
それでも少しずつ活気が無くなっている気がします。
そうですね、何でダメなんだろうっていうところでいつも悩んでいるわけです。なんでこんないい町をね、うまく使えないんだろうって。何をやっているんだろうっていう思いがあるわけですね。だから色々なことをしてきました。
たとえばどんなことでしょうか?
要はこの温泉町別府で仕事をさしてもらっていて、この地域がよくならないとお客様がこないという仕事をしているので、店の前の温泉(竹瓦温泉)を含めてこの辺りがよくなってほしいという気持ちがありました。実際のところ別府の観光動向ってことになるとピークが昭和50年ぐらいまででしたね。昭和30年代、40年代前半ぐらいまでは国内旅行が主だったのが海外旅行にどんどん変わっていって、国内旅行で大変有名なところだった別府っていうのが、その昭和50年代にピークを迎えて後はだんだんと減ってきました。その中でこの会社もいろいろ苦労しだすわけですね。別府の町の商売全体がそうなのですけどね。
トップ >  > 2 >  > 
記者:猪股夏南子